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監修:滋賀医科大学 脳神経内科 教授 漆谷真先生
砂川市立病院 脳神経内科 山内理香先生

2021.07.30

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熊本の水害を通して
見えた新たな課題
医療法人城南ヘルスケアグループ
くまもと南部広域病院 理事長・院長(脳神経内科)内野 誠 先生
連載 ALS治療に携わる医療関係者インタビュー Be With You vol.2

医療法人城南ヘルスケアグループ くまもと南部広域病院 理事長・院長(脳神経内科) 内野 誠 先生
医療法人城南ヘルスケアグループ くまもと南部広域病院
理事長・院長(脳神経内科)
内野 誠 先生

自然災害の多い日本では地震や豪雨による被害が、医療にも大きく影響します。
非常時に神経難病患者さんの医療や生活をいかに守るのかは大変重要な課題であり、災害に備えた連携体制の整備が国をあげて進められています。

今回は、2020年7月、局地的豪雨に見舞われた熊本県南部にて、ALSなどの難病患者さんの受け入れを行った医療施設の経験を通して見えた、水害とコロナ禍での課題をご紹介します。

目次

熊本地震を機に広域医療貢献へ

熊本県は全国平均と比較して人口に対する医師数は多い1)のですが、脳神経内科医の数は他の診療科の医師数と比べて少なく、また、地域的な偏在は解消されていません。
県南部も同様に脳神経内科医の数が少なく、市や町によっては一人もいない地域もあります。

2016年4月の熊本地震の被災を受け、熊本県が掲げた「創造的復興」を旗印に、各医療施設でも広域医療など様々な見直しが行われました。

熊本市南部にある当院「くまもと南部広域病院」でも、熊本市南部だけでなく県南部、さらに県境エリアまで含めた広域(図1)の地域医療貢献を目指すこととなりました。
現在は、5名の脳神経内科の常勤医師が勤務し、県内でも有数の充実した医療を提供できる体制を整えています。

図1:熊本県南部広域とは(地図)
図1:熊本県南部広域とは(地図)

1)厚生労働省「平成30年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」結果の概要 1.医師 p.14 図5
都道府県(従業地)別にみた医療施設に従事する人口10万対医師数(平成20年12月31日現在)

記録的豪雨により県南部に広域水害発生

2020年7月、県南部を流れる球磨川が記録的豪雨により氾濫(図2)し、球磨地方の中心市街地で水位4mを超える広範囲の浸水被害が生じました。

図2:球磨川氾濫(地図)
図2:球磨川氾濫(地図)
国土交通省 国土地理院 球磨川水系球磨川 人吉周辺(2020年7月4日13時作成) 令和2年7月3日からの大雨による浸水推定図 及び 九州地方整備局 八代河川国道事務所 「令和2年7月球磨川豪雨検証委員会」第1回説明資料 をもとに作成(実際の決壊場所は2ヵ所であるが、近接している場所のため本地図上では1つの×で記した)

人吉市内では、26の医療施設(人吉市内の医療施設の59%に相当)、32の薬局、130の高齢者施設などが被災し、医療・福祉は大きなダメージを受けたと報告されています2)

人吉市の中心的な医療施設である人吉医療センターも懸命な防水対策を行ったにもかかわらず1階部分が浸水し、使用できなくなった設備や機材もありました。水道、電気、通信などのライフラインが途絶えたなか、同医療センターに水害被災者が次々に救急搬送され、災害診療を余儀なくされました。

熊本市内の病院でも、ご実家が被災された入院患者さんや、球磨川流域にお住まいの通院患者さんが多くおられたため、各施設ではスタッフをあげての情報収集等が行われました。

2)木村正美. 病院設備. 62(4): 74-79, 2020

被災した患者さんの転院手段の検討

水害時、人吉市内の球磨病院に入院しておられたALS患者さんは、非常用電源で人工呼吸器だけは動かすことができたのですが、真夏にエアコンなどが使えなくなり、長期入院が困難になりました。

また、在宅で人工呼吸器を使って療養していた筋ジストロフィーの患者さんは、ご家族に抱きかかえられて避難をされたものの、ご自宅が浸水被害を受けたため、在宅療養が難しくなりました。

そこで、当院の脳神経内科医が、人吉医療センターの神経内科にて、外来診療を担当していることもあって、お二方の受入要請が当院にまいりました。

人工呼吸器を装着したまま搬送する必要があったのですが、大阪から支援に訪れていたDMAT(災害派遣医療チーム)により、広域の浸水被害の中、無事、救急車で当院まで搬送されました。

診療情報のバックアップや共有手段の検討

転院されたお二方は、以前から当院の医師が診ていた患者さんでしたので、厳しい状況ではありましたが、ご本人もご家族も不安は少し軽減されたのではないかと思います。
患者さんの病状なども、幸い医師が把握しており、とりあえずはカルテがなくても、問題などはありませんでした。

人吉の医療機関では、多くの紙カルテが水に濡れてしまいました。
しかし、人吉医療センターが活用していた「くまもとメディカルネットワーク(KMN)」という、熊本県内の医療機関や介護関連施設などで患者さんの診療・調剤・介護に必要な情報を、患者さんが許可した利用施設のみで共有するシステムによって、情報が保存されていたため、復旧後、速やかに診療が再開されました。

被災地からは他にも多くの患者さんが被災地外の病院へと転送されましたが、KMNにより転院先に正確な情報が伝達されたことで、混乱なくスムーズに受け入れが行われました。

ただし、KMNの利用は診療や介護に伴う極めて重要な個人情報を扱いますので、やはり利用にあたってはセキュリティ強化などを含め、安心・安全な活用が必要なのではないかと感じています。

災害時を見据えた地域(医療)連携のために

神経難病の診療は、一般の医療機関では困難と捉えられることが多く、最新の診断・治療は専門医に任せるのがこれまでの医療連携の在り方でした。

平常時では効率的な役割分担だと思います。
遠方から通院されている方は、地元にかかりつけ医がおられ、急に症状が変わられたときなどは、かかりつけ医と専門施設の医師が連携することもあります。電話で連絡をとりあったり、お薬を郵送したりすることもあります。

しかし、災害時には状況が一変します。
災害時にも最適な治療を継続するためには、事前の備えなど新しい連携体制を再検討する必要があると考えています。

まずは、一人暮らしの方も、ご家族がいらっしゃる方も、ケアマネージャーなど周囲の人との結びつきを持っていただくことが大切です(図3)。
そして、患者さんや周囲の方が避難行動要支援者個別計画書3)を作成した場合は、事前に専門医やかかりつけ医にもチェックしてもらうとよいでしょう。

図3:周囲との結びつきが災害時の助け合いに
図3:周囲との結びつきが災害時の助け合いに

3)概要:内閣府「防災情報のページ」防災対策制度:災害時要援護者対策:避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針(平成25年8月)
(概要)http://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/youengosya/h25/pdf/hinansien-gaiyou.pdf
詳細:各市町村窓口にお問い合わせください。

新型コロナウイルス感染症の拡大による影響も

新型コロナウイルス感染症の影響もあって、水害被災地域の復旧は充分には進んでいません。
当時、被災地外の病院に転送された入院患者さんは、現在も多くの方が、そのまま転送先に入院しておられます。

熊本県・市の新型コロナウイルス感染症の拡大状況によって面会禁止になる時期もあり、患者さんご本人もご家族も心細い思いをされていると思います。
現在も状況は悪化傾向にあり、しばらくは面会を遠慮していただかなければならない状況が続いています。

自然災害を想定した広域医療連携については、熊本地震以降、議論や取り組みが加速していますが、水害に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが重なったことで問題はさらに複雑化しています。

異なった性質の災害が重複して発生することを想定した備えが、今後、急いで取り組むべき課題と考えています(図4)。

図4:例:コロナ禍災害での分散避難
図4:例:コロナ禍災害での分散避難

非常時のリハビリテーション継続の難しさ

充実した切れ目のないリハビリテーションは、ALSなどの神経難病も含め、様々な原因疾患において重要です。

しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大がリハビリテーションの現場にも大きな影響を及ぼしています。
感染症対策を行った上で、外来と病棟それぞれのリハビリテーションを空間、スタッフともに完全に分離することで対応している施設もありますが、感染が拡大してくるとさらに様々な制限が必要になってきます。
外来でリハビリを受けていた患者さんも外出を避け、週3回だった方が週1回になり、遠方からの患者さんは月1回だけの来院になったりします。
リハビリテーションは、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士という専門セラピストが患者さんとマンツーマンで、患者さんの動きを確認し、支えながら進めていくべきものであり、オンラインでの実施は困難なことが多くあります。
自宅でできるリハビリテーションの説明プリントを渡したとしても、きちんと自主訓練ができる方はあまり多くはおられないのが現状です。

コロナ禍の通院が難しい状況で、神経難病患者さんが大きく身体機能を落とさないためにも、早急に何かしらの手立てを検討することが求められています。

ALS患者さん、ご家族の方へ

近年、神経難病の原因やメカニズムの解明が急速に進んでいます。
ALSも関係する遺伝子や異常タンパクが存在することがわかり、そこから治療法開発の道が開きつつあります4)
ALSと同じように異常なタンパク質が蓄積する、別の神経難病では、病態解明や治療法開発がより進んでいて、動物実験による治療効果が確認されたという報告もなされています5)

私は、長く脳神経内科を専門として取り組んできましたが、昨今の研究の進み具合には目を見張るものがあります。
数年かかると言われていた新型コロナウイルス感染症のワクチンが1年で実用化されたように、驚くようなブレイクスルーが起きるかもしれません。
どうか、今後の研究の進展に期待と希望をもって待っていてください。

4)Masrori P and Damme PV. Eur J Neurol. 27(10): 1918-1929, 2020
5)Minakawa EN et al. Brain. 143(6): 1811-1825, 2020

(2021年4月 取材)

本コンテンツの情報は公開時点(2021年7月30日)のものです。

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