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監修:滋賀医科大学 脳神経内科 教授 漆谷真先生
砂川市立病院 脳神経内科 山内理香先生

2023.03.29

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手書き文字の個性を記憶するサービスの実現
連載:セミナーレポート「ALS Café web」 vol.10

明治大学総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 教授 中村 聡史 先生
明治大学総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 教授
中村 聡史 先生
目次

ペンを持てなくなっても、私らしい手書き文字を

「手書き文字の個性を記憶するサービス」の開発は、牛上彩さん(ALS患者さん)との出会いがきっかけでスタートしました。
はじめに牛上さんからのメッセージをお伝えしたいと思います。

牛上彩さん
「私は手紙が好きで、特に手書き文字の温かみがよいと感じています。『あの人の字だ!』と、書き手を思い浮かべることができる手書き文字は、私にとって、私らしさを表現する手段でもあります。
ALSによって手を動かしづらくなるなか、ペンが持てなくなった時のために、自分の手書き文字を残したいと思うようになりました。

ペンが持てなくなっても自分の文字を残したい!ペンが持てなくなっても自分の文字を残したい!

録音した自分の声をもとに人工音声を合成し、声を失ったあとでも自分の声を使って会話ができるアプリがあります。同じように、私の文字を記憶して、ペンが持てなくなっても私の文字で手紙を書けるようなアプリがあればいいのに……。
そんな願いを抱えているなかで、手書き文字を研究する中村先生と出会い、『手書き文字の個性を記憶するサービス』の開発が始まりました」

みんなの手書き文字を平均化すると理想の文字に

私(中村聡史)の専門分野は人と情報とのインタラクションで、人と情報の能力や特性を研究し、人とコンピュータとが助け合えるようなシステムの構築を目指しています。

研究テーマのひとつが、たくさんの人の筆跡を平均化することで得られる「平均文字」です。文字をいくつかの線の集合と考え、それぞれの線をサイン、コサインなどの関数を用いた数式に変換し、その平均を計算して「平均文字」を導き出します(図1)。

図1:文字の数式化図1:文字の数式化
図1:文字の数式化
(中村先生研究室サイトで手書きストロークの数式化を体験できます https://nkmr-lab.github.io/Char2Fourier/

例えば、何十人、何百人の人に、ひらがなの「あ」を書いてもらいます。ひとつひとつの文字は個性的ですが、平均化すると非常に整ったお手本のような文字が得られます(図2)。利き手ではないほうの手で書いた乱れた文字も、平均化すると整った文字になります1)
文字だけでなく、簡単な図形をたくさん集めて平均化すると、やはり多くの人が理想とする整った図形になるということもわかってきました(図32)

図2:平均化した「あ」(中村先生ご提供)
図2:平均化した「あ」(中村先生ご提供)
図3:平均化した図形(中村先生ご提供)
図3:平均化した図形(中村先生ご提供)

1) 中村聡史 他. 情報処理学会論文誌. 57(12): 2599–2609, 2016
2) 新納真次郎 他. エンタテインメントコンピューティングシンポジウム2015論文集. 469–478, 2015

利き手ではないほうの手で書いても表れる個性

平均文字はひとりの人の文字の個性を調べるのにも役立ちます。
同じ人に何度か同じ文字を書いてもらって平均化すると、オリジナルの手書き文字よりも整った文字ができあがります。これは多くの人の文字を平均化した文字とも違っていて、その人の個性といえそうです。

興味深いことに、利き手ではないほうの手(非利き手)で書いた平均文字も、利き手の平均文字と類似することがわかっています(図43)。非利き手では力がうまくコントロールできないので、乱れた不揃いな文字となり個性などは出ていないように見えるのですが、平均化するとその人の文字らしくなるのです。

図4:非利き手と利き手の平均文字(中村先生ご提供)図4:非利き手と利き手の平均文字(中村先生ご提供)
図4:非利き手と利き手の平均文字(中村先生ご提供)

おそらく、それぞれの人が理想とする文字イメージがそれぞれの頭の中にあって、利き手はもちろん非利き手でも、脳からの指令によってそのイメージを再現しようとしているのだと思われます。ただ、非利き手は利き手に比べうまく動かすことができないため手書きがブレるのですが、平均化することで、イメージからのブレが相殺され、それぞれの人が思う理想の形に近づくのでしょう。
自分の字に自信を持っていない人も含め、多くの人が自分の手書き文字を好きだと感じていることも、私たちの研究でわかっています2)

3) 佐藤大輔 他. 情報処理学会 研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション. 2018-HCI-176(20): 1–8, 2018

手書き文字の個性を残すプロジェクトをスタート

手書き文字の数式化の応用研究を進めている私たちは、冒頭にメッセージをいただいた牛上彩さんからの依頼を受けて、ある手書きにまつわる会社の協力を得つつ、個人の手書き文字の個性を記憶し再現するサービスの開発に取り組むことになりました。

このサービスでは、まず、よく使う文字をスマートフォンの画面上に何回か書いてもらうことで文字を登録します。文字は自動的に数式化·平均化され、その人の平均文字として記憶されます(図5)。

図5:手書き文字の登録(中村先生ご提供)図5:手書き文字の登録(中村先生ご提供)
図5:手書き文字の登録(中村先生ご提供)

手紙などを書く際にこのシステムで文章を打ち込むと、すでに登録されている文字についてはその人の平均文字が表示されます。未登録の文字は「!」となって表示されませんが、その都度、追加登録を行うという手順で、表示できる手書き文字を増やしていきます(図6)。

図6:手書き文字の入力と表示および追加登録(中村先生ご提供)図6:手書き文字の入力と表示および追加登録(中村先生ご提供)
図6:手書き文字の入力と表示および追加登録(中村先生ご提供)

また、画像を取り込んで背景に入れることも可能です(実際に作成されたメッセージカードは、この研究論文4)の図16をご覧ください)。
こちらhttps://tegaki.fun/に利用できるシステムを公開していますので、興味のある方はご利用いただければと思います。まだまだ初期の段階で、これからどんどん良いものにしていきたいと思っているため、実際に使っていただいて、ご意見やアイデアをいただけると嬉しいです。

4)古賀壮 他. 情報処理学会 研究報告グループウェアとネットワークサービス(GN). 2023-GN-118: 1–8, 2023

自分の手書き文字を残したいすべての人のために

このように個々の文字の登録を進めていけば、将来にわたって自分の手書き文字で文章が書けるようになります。
さらに平均文字の研究、データの収集を進めることで、各人の文字の個性を平均からのブレとして数学的に捉えることで、登録した文字だけでなく未登録の文字でもその人の個性を加味して表示できるようにしたいと考えています。

ALSの患者さん、文字を書くことが困難になるさまざまな病気を抱える方たちが、自分らしい文字で言葉を伝えることができるサービスの実現にむけて取り組んでいきます。
どうかご期待ください。そして、ご協力をよろしくお願いします。

2022年9⽉17⽇開催ALS Café webの内容をもとに情報を再構成しています。
本コンテンツの情報は公開時点(2023年03月29日)のものです。

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