2024.03.28
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ALS発症に関わる
タンパク質「TDP-43」
連載:セミナーレポート「ALS Café web」 vol.12
- 目次
ALSの病因となるTDP-43(TAR DNA-binding protein 43)
ALSは運動神経細胞が徐々に変性していく疾患ですが、患者さんの運動神経細胞を顕微鏡で見ると、「ユビキチン陽性封入体」というタンパク質の塊が確認されます(図1)1)。
ユビキチン陽性封入体は、ALSの他にも前頭側頭型認知症(FTLD)などの神経変性疾患の患者さんで確認されています2)。ALSの病態に関係していると考えられていましたが、その正体は不明のままでした。
2006年、ALSとFTLDの患者さんの病巣を調べた研究で、このユビキチン陽性封入体はTDP-43というタンパク質が凝集したものであることが解明され3, 4)、現在もTDP-43と疾患の関連について、さまざまな研究が続けられています。
今回は、このTDP-43というタンパク質に関する研究についてご紹介します。
1) Okamoto K et al. Neurosci Lett. 129(2): 233-236, 1991
2) De Boer EMJ et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 92(1): 86-95, 2020
3) Neumann M et al. Science. 314(5796): 130-133, 2006
4) Arai T et al. Biochem Biophys Res Commun. 351(3): 602-611, 2006
二量体のTDP-43がALSでは単量体に
TDP-43は細胞核の中で生命活動に不可欠な役割を果たす重要なタンパク質です。
しかし、ALSやFTLDの患者さんでは、TDP-43が核から細胞質に漏出して異常に凝集していることがわかっています(図2)4)。
なぜ、本来、核にあるはずのTDP-43が細胞質に漏出してしまうのでしょうか。
この疑問を解決するために、まずTDP-43の構造について、検討が行われました。
細胞核の中にあるTDP-43は、同じ形の物が複数集合した「多量体」(複合体)と呼ばれる構造をとっています。TDP-43は「二量体・多量体」のかたちで存在するのが正常な状態であり、TDP-43が1つだけの「単量体」では、複合体がもつような本来の機能を発揮することはできません。
一方、ALS患者さんの大脳や脊髄を調べたところ、ALSではない人と比較して、TDP-43の二量体の量が少なく、単量体化が起きていることがわかってきました(図3)5)。
5)Oiwa K et al. Sci Adv. 9(31): eadf6895, 2023
単量体のTDP-43が運動神経細胞に蓄積する
続けて、単量体のTDP-43が、ALS患者さんに見られるように、核内から細胞質に漏出して運動神経細胞に蓄積するかを確認する実験が行われました。
まず、TDP-43が二量体を形成しているときは隠れた状態にあるタンパク質のN末端領域が、TDP-43単量体では外側に露出していることを利用し(図4)5)、 E2G6Gという抗体を用いて単量体だけを染色できる技術を開発しました。そうして、ALS患者さんとALSではない人の脊髄にある運動神経細胞内のTDP-43を観察しました。
その結果、ALS患者さんの運動神経細胞の細胞質に、糸くず状あるいは丸い形で、TDP-43の単量体が凝集していることが確認されました。
また、単量体のTDP-43は運動神経細胞だけでなく、グリア細胞(神経細胞の周りに存在し、神経細胞とともに神経組織を構成する細胞)の細胞質にも蓄積することもわかりました5)。
次に、核内の単量体が実際に核外に漏出して凝集するのかを確認するため、TDP-43の構造を人為的に少しだけ組み換えた、二量体になりにくい「TDP-43 N末端変異体」6) を作成しました。
この「TDP-43 N末端変異体」を、培養した神経細胞やiPS細胞から作った運動神経細胞に入れたところ、正常な二量体TDP-43は運動神経細胞の細胞核の中に留まる一方、単量体の「TDP-43 N末端変異体」は、細胞核から漏出して細胞質に移り、細胞核の外でリン酸化という化学変化を受けて凝集することもわかりました5)。
このようにして、単量体化したTDP-43が実際にALSの病理を作り出すことが確認されました。
6)Afroz T et al. Nat Commun. 8(1): 45, 2017
単量体TDP-43はALS病態解明の鍵
今回の研究結果は、今後、治療法開発の糸口となると期待されています。
TDP-43は酸化ストレスなど何らかのストレスを受けて、単量体になると考えられています5)。このストレスを防ぎ、二量体の状態を維持することや、運動神経にとって有害な単量体TDP-43を分解することができれば、ALSの治療につながると考えられます(図5)。
また、Oiwaら5)の研究で開発された抗体のように、単量体TDP-43を簡便・迅速に検出する技術をさらに改良することで、バイオマーカーとしてALSの診断や進行度の確認に役立つと期待されています。
2023年10⽉7⽇開催ALS Café webの内容をもとに情報を再構成しています。
本コンテンツの情報は公開時点(2024年03月28日)のものです。