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監修:滋賀医科大学 脳神経内科 教授 漆谷真先生
砂川市立病院 脳神経内科 山内理香先生

2020.03.31

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ALS治療は新時代へ
JaCALSの取り組み―ALSの病態解明―
愛知医科大学 理事長 祖父江 元 先生
連載 ALS研究者インタビュー「未来を拓く」vol.1

愛知医科大学 理事長 祖父江 元 先生
愛知医科大学 理事長
祖父江 元 先生

JaCALS(Japanese Consortium for ALS Research)1)は、ALSの病態解明と治療法の開発を目指す日本の研究組織です。ALS患者さんの臨床・遺伝情報の蓄積及び解析を行い、ALS治療の開発に新しい道を開こうとしています。今回は、ALS治療の未来を拓く、JaCALSの取り組みとその研究について紹介します。
1)JaCALSホームページ https://www.jacals.jp/

目次

長かった暗中模索の時代

ALS研究の歴史を振り返りますと、かつての ALSは病因に対する治療法がなく、主要な症状を軽減する対症療法しかない時代が長く続いていました(図1)。

図1:ALS研究の歴史図1:ALS研究の歴史
図1:ALS研究の歴史

1993年、ALSの原因遺伝子の一つであるSOD1が初めて見つかり2)、その動物モデルが作られる3)と、ALS研究は世界中で活発に行われるようになりました。

1995年に、ようやくALSの進行を抑制する飲み薬が国際的に誕生したものの、新薬の開発は続きませんでした。
その後、2015年に日本で開発されたALSの進行を抑制する注射薬が承認されるまで、約20年もの間、患者さんに新薬を届けることができなかったのです。
2)Rosen DR et al. Nature. 1993, 362(6415):59-62.
3)Nagai M et al. J Neurosci. 2001, 21(23):9246-9254.

多様性の紐解きが課題

治験がうまくいかなかった理由はいろいろありますが、大きな原因として、ALSの多様性があります。つまり、個人差が大きいということです。
ALSのような神経に変性が生じる病気(神経変性疾患)では、症状や進行速度などが極めて多様です。

前述のSOD1動物モデルは「家族性ALS*」のモデルであり、ALS患者さんの90〜95%を占める「孤発性ALS」の状態を十分に反映しているとはいえないのです。
*ALS患者さんの5〜10%は家族歴のある「家族性ALS」であり、90〜95%は遺伝による発症でない「孤発性ALS」です。

このような課題を解決すべく、患者さんのデータを登録して解析する患者レジストリによる研究が国レベルで行われるようになりました。
しかし、継続的なデータ収集が難しかったり、データを利活用しにくかったりといった課題が未解決でした。

JaCALSによる治療開発―患者さん情報の登録―

JaCALS は、ALSの原因や症状の進行、長期的な症状の経過(予後)に関する未解明の問題を明らかにし、将来の治療開発へつなげるため、2006年からALS患者さんの情報登録を開始しました(図2)。

図2:JaCALSの概要図2:JaCALSの概要
図2:JaCALSの概要

JaCALSで行われている臨床情報の収集方法は、臨床研究コーディネーター(CRC)が3ヵ月ごとに患者さんの様子を電話で確認するというものです(図3)。

図3:JaCALSの電話調査図3:JaCALSの電話調査
図3:JaCALSの電話調査

この手法であれば、病気の進行に伴って、患者さんが転院したり、在宅や療養所に移ったりしても、患者さんの経過を継続的に追跡でき、ALSという病気全体の経過を見ていくことが可能です。
また別途、患者さんから血液・遺伝子検体を提供いただくことで、患者さんの臨床情報と遺伝情報の関係も解析できるという試みです。

患者さんの臨床情報により見えてきたもの

JaCALSで収集した患者さんの臨床情報から、病態解明に向けた探索研究が進んでいます(図4)。

図4:JaCALSの試みから見えてきたもの
図4:JaCALSの試みから見えてきたもの
① 登録データの分析で予後予測が可能に

以前に行われていた患者レジストリや治験での臨床情報は、短期間の状態把握に留まり、本当の予後を反映していませんでした。
JaCALSで継続追跡した臨床情報データを、年齢や症状の部位などで切り分けて評価を行ったところ、それまでは不明だったさまざまな傾向がわかってきました。
たとえば、高齢発症か若年発症か4)、また頸の筋力が弱いか強いかで経過が異なる5)ことなどです。

このような分析により、呼吸補助装置の使用やお腹から胃に管を通して食べ物などを摂取する胃瘻(いろう)をつくる時期、何をすれば生活の質(QOL)の低下を防げるのかなど、本当の予後を改善する方法を検討できるようになってきました。
4)Yokoi D, et al. J Neurol. 2016, 263(6):1129-1136.
5)Nakamura R et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2013, 84(12):1365-1371.

② 患者さんのパターン分析で、治験デザインに変化が

登録情報の解析によって、ALS患者さんは症状の経過が極めて多様であることがわかりました。さらに、症状の経過を分析した結果、いくつかの共通するパターンに分類できることが明らかになりました6)

これまでの治験では多様な患者さんを同集団として評価していましたが、症状が共通するパターン別に分けた評価が重要だということがわかってきました。

そうすることで、薬などの治療の効果が見えやすくなると考えられ、この考え方は新たな治験デザインにも取り入れられるようになってきています。
6)Watanabe H et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2016, 87(8):851-858.

JaCALSの遺伝情報から見えてきたもの

JaCALSに登録されている患者さんの遺伝情報から、治療法の模索も行なわれています(図4)。

① 症状に関係する関連遺伝子の特定

ALSの進行速度の違いに関係する遺伝子がないかを調べていくと、ある筋肉タンパク質に関係する遺伝子の働きが悪い人は、症状が急速進行型になりやすいということもわかってきました6)
この原因となる遺伝子の働きをよくすることで、進行を遅らせることができるのではないかと注目しています。

ここで調査している遺伝子は、病気に直接関係する遺伝型の変化ではなく、遺伝子多型によるDNA配列の個体差です。遺伝子多型とは、わかりやすくたとえると体質のようなものです。例をあげれば、個人の顔つき、糖尿病やがんのなりやすさなどがあります。
ある特定の体質の違いが、ある種の疾患と関係があることがわかってきているのです7)
6)Watanabe H et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2016, 87(8):851-858.
7)健康用語辞典「一塩基多型/SNP」e-ヘルスネット https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-011.html 厚生労働省(2020)

② 「孤発性ALS」由来のiPS細胞を用いた治療薬スクリーニング

薬の開発にも変化がでてきています。
iPS細胞はこれまで、主に遺伝性の疾患の薬の探索などに使われてきました。しかし、慶應義塾大学の岡野栄之先生との共同研究により、遺伝性ではない「孤発性ALS」の研究にも使えることがわかってきました。
進行の速い患者さんと遅い患者さんのiPS細胞からつくった運動ニューロンを比較すると、細胞の状態がそれぞれの症状を反映していたのです8)

将来的には、患者さんのiPS細胞からALSの症状の経過や傾向を解析したうえで、それぞれに効く薬をピンポイントで投与する個別化医療が可能になるかもしれません。
8)Fujimori et al. Nat Med. 2018, 24(10):1579-1589

③ 遺伝子情報を用いた治験の効率化

以前は、動物モデルで効果を確認した薬を、治験で初めて人に投与していたため、人への効果確認までに時間を要していました。
しかし、JaCALSの遺伝子情報を用いると、動物モデルなどで見つかったALSの発症に関係すると考えられる遺伝子が、ALS患者さんに効果があるかどうかを、治験前に照合できます。

つまり、格段に薬の開発スピードが上がり、治験の成功率向上が期待できるのです。これまでの手探りの治療薬開発から一歩前進して、より有効で早い創薬が可能になると考えられます。

ALS治験のあり方が変わる

JaCALS の試みがきっかけの一つとなり、承認された薬剤を実際に使用したときの安全性などを確認する調査に対する国の方針も変わってきています。

これまでの調査では副作用の追跡がメインでした。
しかし、2015年に承認された注射薬では、日常診療における薬剤の効果追跡が条件に加えられ、早期承認されました。
少しでも早く、患者さんに薬を届けることができる点に加え、長期的な効果と安全性に関する情報収集ができる点でもメリットがある、新しい治験の考え方です。

JaCALSの試みをもとにした、このような日本の治験の進め方は、画期的だと世界でも高く評価されています。
同じような研究が他の神経変性疾患でも進められるよう、国などのさまざまなバックアップ体制が整うことを期待します。

新時代へ

新時代へ

時代は変わりました。
ALS研究は長い暗中模索の時代を抜け、治療法の開発が進む新時代に入りました。
ALSはまだ根治療法が見つかっていない難病ではありますが、ご紹介したように、患者さんの登録情報を用いた新しい研究が進み、ALS治療法開発の希望の光が⾒えてきています。

これまでに培われた動物モデルなどの研究成果も、JaCALSで構築したデータと照合し直すことで、新たな発見があるかもしれません。

今後のALSの病態解明と治療法開発の加速に向け、私たちも全力で取り組んでいきたいと思います。

(2020年1月 取材)

本コンテンツの情報は公開時点(2020年3月31日)のものです。

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