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北祐会神経内科病院 運動ニューロン疾患部門 主任部長 野中 道夫 先生
ALSの患者さんを悩ませる症状にはさまざまなものがあります。これらの症状に対する治療(対症療法)は、患者さんの苦痛を軽減し、生活の質(Quality of Life:QOL)を維持するうえでとても重要です。治療にあたって医師は、その症状が患者さんの生活にどのような影響を及ぼすのかを考えながら対応していきます。
第2回は、多くのALSの患者さんを診てきた臨床医の立場からALSの対症療法について解説します。
ALSでは疾患の進行に伴って、呼吸や栄養障害、痛み、手足の筋肉がつっぱる、不眠、うつ・不安、よだれが出るなどの症状があらわれます。ときに、笑うべきでない場面で笑ったり、楽しいことに対して泣いてしまったりという症状や認知症があらわれる患者さんもいます。
ALSにより生じるこれらの症状は一様ではなく、患者さんによって出現する時期や状態が異なります。
対症療法は文字どおり症状を抑える治療法であるため、ときに、患者さんから「先生、それは対症療法であって、病気が治るわけではありませんよね?」と言われることもあります。しかし、体重の減少や呼吸苦に対する栄養や呼吸療法は、ALSの患者さんの今後の病状改善につながります。また、痛みや不眠などを解消すると、QOLだけではなく、日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL)の改善が期待できます。つまり、対症療法はALSの積極的治療の要といえるのです。
ALSの患者さんはさまざまな症状によって通常の生活自体が耐えがたくなり、疲れがたまって、一見、病状が進んだようにみえるときがあります。しかし、対症療法により症状を軽減すると、結果として機能が回復し、できなくなったことが再びできるようになることもあるのです。
ALSはさまざまな痛みの症状を伴う疾患です。重症度に関係なく、軽症の患者さんでも痛みを訴える方がいます。痛みには複数の原因が関係していることも少なくないため、まず、その原因を解明することが重要です。
筋肉の痙攣(けいれん)や手足の筋肉のつっぱり(痙縮:けいしゅく)で引き起こされる痛みには、筋肉の緊張を和らげる筋弛緩薬が処方されます。しかし、薬を増やすと筋力低下をもたらすことがあるため、QOLやADLの低下が懸念されます。そこで、漢方薬の芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)の使用を検討します。これは抗痙縮剤と併用することができますが、種々の注意が必要であり、服用の際は、医師の指示に従って定期的な検査を受けてください。
また、関節の強ばりによる痛みには、理学療法、鍼灸、マッサージが効果的で、マットの使用や体位の工夫で改善することもあります。
前述の痛みへの対処法の他にも、一般的な慢性の痛みに対して使われる薬剤のすべてを用いて対応していきます。痛みのコントロールが難しい患者さんには、オピオイド(鎮痛薬)などの使用を検討しますが、呼吸を抑制する副作用があるため、注意して少量から使用します。
また、精神的な要因で痛みが生じているときもあります。カウンセリングの利用や、必要に応じて抗うつ薬を服用することで、痛みが軽減する患者さんもいます。
不眠についても、原因を分析してから治療にあたることが重要です。
筋肉の痙攣や手足の筋肉のつっぱりによる痛みで眠れない患者さんには、芍薬甘草湯を就寝前に処方します。
呼吸不全が不眠の原因となっている患者さんには、マスクを使った呼吸補助(非侵襲的換気療法=Noninvasive Ventilation:NIV)(図1)により、改善することもあります。
図1:非侵襲的換気療法(NIV)
睡眠導入薬の中には呼吸を抑制するものが多いため、呼吸不全がある患者さんが使用すると呼吸停止の危険があります。医師の指示に従って、初期の段階から定期的に呼吸機能検査を受け、睡眠時の呼吸状態の悪化や血液中の二酸化炭素が増加していないかのチェックを続けましょう。
可能な限り、呼吸抑制と筋弛緩作用が少ない睡眠導入薬を使うことが推奨されます。
舌や口が動きにくくなる球(きゅう)麻痺(まひ)が進むと、よだれが出ます。患者さんによっては早い段階から症状があらわれることもあります。常にティッシュやタオルが必要となり、人前に出ることが苦痛になる、精神的にも辛い症状です。
治療法としては、抗コリン薬で唾液が出る量を減らしたり、三環系抗うつ薬を飲んだりする方法などがあります。漢方薬の小青竜湯(しょうせいりゅうとう)も有効で、眠気が出ないことが利点です。
症状が進んできたときは、唾液を持続的に吸引する装置の使用を検討します。
「むせ込み」は患者さんにとって辛い症状であり、細菌が唾液とともに肺に流れ込み生じる肺炎(誤嚥(ごえん)性肺炎)の原因にもなります。
誤嚥性肺炎を防ぐ方法として「喉頭摘出」(図2)があります。手術で声帯を含む気道上部(喉頭(こうとう))を摘出して口と食道をつなぎ、気管切開によって呼吸の経路を確保する方法です。食道と気道が分離されて唾液が気道に入ることがなくなり、誤嚥性肺炎の心配はなくなります。呼吸が楽になり、再び仰向けで眠ることができるようになるなどのメリットがあります。
図2:喉頭摘出術
しかし、この手術によって声が完全に失われます。また、食べ物などを飲み下す嚥下(えんげ)機能自体が回復するわけではないため、よだれの改善は期待できません。この手術を受ける場合には、事前に医師から十分な説明を受け、ご家族とも話し合いを行うことが大切です。
ALSの患者さんには、楽しいことに対して泣いてしまったり、笑うべきでない場面で笑ったりというように、状況にそぐわない感情の反応があらわれることがあります。これらは、患者さんの社会参加を妨げ、QOLを低下させる要因となる症状です。治療には、三環系抗うつ薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などが有効です。
「強迫泣・強迫笑」という日本の呼び方は、症状を示す名称としては不十分で、語感も良くありません。アメリカでは、この症状は「情動調節障害」(Pseudobulbar Affect:PBA)と呼ばれています。今後は、情動調節障害という呼び方が一般的になり、治療対象として正しく認識されることを期待しています。
ALSでは認知症があらわれることがあります。その多くは、アルツハイマー病とは別タイプの「前頭側頭型認知症」です。感情のコントロールができなくなるなど、人格の変化や問題行動が生じて、家族や介護者に負担がかかり、ときには治療を阻む障壁になります。
しかし、近年、認知症診療の進歩が著しく、最新情報を学びながら薬物療法と介護者教育や行動療法などの非薬物療法を組み合わせた対応が可能になってきています。
認知症もALSの症状のひとつだと認識して、治療を試みる方向へと変化しつつあるのです。
ALSでは代謝があがって体重が減少し、それが生命予後に大きな影響を及ぼします。さらに、呼吸が苦しいということは、呼吸に余分なカロリーを消費するため、体重減少を加速してしまいます。つまり、呼吸の補助は、患者さんの呼吸苦を軽減するだけでなく、栄養状態の改善も期待できるのです。マスクによる手軽な呼吸補助もできるため、早い段階から使い始めることをお勧めします。
また、栄養補給の補助として、お腹の壁から胃に管を通して食べ物や水分など摂取する胃瘻(いろう)という方法があります。呼吸不全が進むとその造設に危険が伴うため、早めに造設するのが望ましいとされています。胃瘻を造設したからといって、経口摂取をやめる必要はありません。食の楽しみを残しつつ、補助的に胃瘻を併用することによって体重減少を防ぎ、病気の進行を遅らせることができるのです。
ALSにおいて「対症療法」は決して「延命」ではありません。繰り返しになりますが、対症療法はALSの積極的治療の要であり、患者さんの今後の病状改善につながるのです。
近年、「延命」という言葉がネガティブな意味で使われる傾向がありますが、患者さんが自分らしく過ごせる時間を延ばす処置は決してネガティブなものではありません。
おわりに
患者さんの不安や苦痛を解消するのが医療の役目であり、その意味では「対症療法」は医療の原点ではないかと私は考えています。
特に、ALSにおいては、対症療法は積極的治療の要であり、前向きに検討すべき有用な治療法なのです。
(2016.03取材)
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