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ALS ACTION!(特設サイトに移動します)ALS最前線
東京都立神経病院 脳神経内科 部長 清水 俊夫 先生
ALSでは病初期から著しい体重減少がみられ、ALS患者さんのその後の病状に影響することがわかっています。しかし、病期によって必要カロリーが異なることはあまり知られていません。カロリーを摂取しても体重が減少する病初期、摂取が難しくなる病中期には、いかに体重減少を抑えるかが重要です。一方、気管切開・人工呼吸器装着後の病後期にはカロリー摂取量は少なくてよくなります。
第3回では、病期ごとの栄養管理のあり方や工夫について解説します。
ALS患者さんの体重減少は、筋肉がやせて筋肉の量が減ったり、食べ物を飲み下す嚥下(えんげ)機能に障害が起きて栄養をとることが難しくなったり、呼吸機能に障害が生じて呼吸を行うために大量のエネルギーが必要になったりすることなどが原因といわれています。しかし、これらの症状が軽い方でも体重減少が生じるため、他にもALSに特有な原因があるのではないかと考えられています。
体重減少は、病初期から多くの患者さんにみられ、なかには10kgもやせてしまう患者さんもいます。
体重減少はALS患者さんの病状の推移に大きく影響します。もともと体重が軽い方や、病初期から体重減少が速く進む*1方は病状の進行が速いというデータがあり1)、病初期から適切な栄養管理を行って体重減少を抑えることが重要です。
*1:BMIの減少が年間2.5kg/m2以上[BMI(Body Mass Index:体格指数)=体重kg÷(身長m×身長m)]
1)Shimizu T et al. Amyotroph Lateral Scler 13: 363, 2012
症状が比較的軽い病初期の段階から、基礎代謝量が増加するなどして体重減少がみられます。基礎代謝とは、体を動かさなくても生命を維持するために必要なエネルギーのことです。
病中期に筋肉がやせて筋肉が消費するエネルギーが少なくなっても、呼吸障害やALSに特有な要因による大量のエネルギー消費は解消されません。そのため、引き続き体重を維持するための努力が必要です(図1)。
図1:基礎代謝量の変化と病期(イメージ図)
気管切開を選択した病後期の患者さんは、直後は頑張って呼吸をしようとする反応が残るため、エネルギー消費はそれほど落ちません。しかし、気管切開をし、人工呼吸器を装着してから1、2年が経つと、呼吸機能の障害が解消されて呼吸に必要なエネルギーは減少します。この段階で病初期や病中期と同じ食事量をとると、カロリー過多になり、肥満や高血糖症になるリスクが生じるため注意が必要です。
このように、病期によって患者さんが必要とするカロリーは大きく異なりますので、体重を適切に保つための栄養管理も病期ごとに変えていく必要があります。
病初期には体重減少を抑えることが大切です。そのために、定期的な体重の評価を行ってください。体重計に乗ることが難しい患者さんは、ご家族が上腕の周囲を測ったり、皮下脂肪をつまんでみたりすることでも変化を知ることができます。
定期的に通院や入院を行っている方は、病院の設備を使って体重を確認しましょう。
体重減少がみられたら、それを抑えるための栄養管理が必要です。日本人の患者さんであれば、1日1,500kcal程度を目安として摂取してください。健康な人の標準摂取カロリーよりは少ないですが、活動量が減っているALS患者さんの食事量としては多いと感じる量です。
体重減少を食い止めてその後の病状の改善につなげるためには、体重をできるだけ維持しておくことが大切です。私はよく患者さんに、「病状が進行したときのための貯蓄だと思って脂肪をためましょう」と言っています。糖尿病などの合併症がある方は注意が必要ですが、ひとまずコレステロールや動脈硬化の心配は棚に上げ、カロリーを摂取することを重視してください。
1日3回と言わず4回でも5回でも時間を決めて、食欲がなくても“食べることを習慣にする”ことをお勧めします。私が担当している患者さんには、「毎朝ステーキを1枚食べる」と決めて実行した方もいます。
少しでも高カロリーな食事をとってください。例えば、白米ではなくあんかけ炒飯、蒸かしジャガイモではなく、フライドポテトにするなどして、カロリーを高くすることを考えましょう。アメリカの栄養管理のテキストでは、オリーブオイルやバター、ナッツ、ジャムを取り入れるなどさまざまな方法が紹介されています。市販の栄養補助食品も活用してください。
ただし、高カロリー食品をとると、血糖値が上がって空腹感を感じなくなります。身体が欲する以上に食べることは想像より難しいと思いますが、そこを努力と工夫で補い、継続的に食事をとるようにしてください。
高脂肪食と高炭水化物食のどちらが効果的かは、まだ明らかではないのですが、脂肪はタンパク質や糖質の約2倍のカロリーがあるため、私は脂肪分を多くとるように患者さんに勧めています。
ALSの進行に伴って「むせ」が生じたら、食事の形状を変える工夫を行いましょう。粘り気があって口の中で塊になりやすい形状であれば、楽に飲み込むことができます。水分が少ない食品は喉に張り付き食べにくいため、パンなどには注意が必要です。逆に、水分が多すぎる食品も食べにくいようです。
細かく刻むと食べやすいように思いますが、これは塊にならず飲み込みにくいため、刻み食よりはペースト状のほうが食べやすいようです。
また、食事に時間がかかるようになると、一度に口に入れる量を増やす患者さん(特に男性)が時にみられます。無理をすると、誤って食べ物が気管に入ってしまうため、飲み込むことができる量だけを口に入れて、焦らず確実に飲み込んでから、次の一口を運ぶようにしてください。
胃瘻に対して躊躇を感じる患者さんは少なくありません。しかし、ALSにおいて胃瘻は積極的な治療の一環です。栄養状態を改善させ、体重減少を食い止める効果的な手段であり、薬や水分などを投与するルートとしても重要な役割を担います。
胃瘻を造ると普通の食事ができなくなると誤解している方も多いですが、造った後も口から食事をすることは可能です。
一方、胃瘻を造らないときには、鼻からチューブを挿入する経鼻胃管により栄養や水分をとることになります。しかし、経鼻胃管は頻繁にチューブ交換が必要ですし、逆流や、唾液とともに細菌が肺に流れ込んで生じる肺炎[誤嚥(ごえん)性肺炎]のリスクが高くなります。さらに、経鼻胃管はマスクを使った呼吸補助[非侵襲的陽圧換気法(Non-invasive Positive Pressure Ventilation:NPPV)]の使用に支障を来すことがあります。
ALSでは嚥下機能に障害があらわれたとき、体重が10%以上減少したとき、またはBMIが18.5 kg/m2を下回ったときが胃瘻造設の世界的な判断基準です。医療機関によっては、嚥下内視鏡や嚥下造影検査の結果をみて、誤嚥を確認したら造設を検討することもあります。
嚥下機能に障害があらわれていなくても、NPPVを開始するとき*3には胃瘻造設の検討を行ってください。まだ嚥下機能に障害もなく、呼吸機能にも障害があらわれていない患者さんの中には、「なぜ今から胃瘻を?」と疑問に感じる方もおられるでしょう。しかし、NPPV開始後に呼吸不全が進行してからでは胃瘻造設は難しくなります(図2)2)。
図2:呼吸不全の進行と胃瘻造設のタイミング
また、肺が血液中の二酸化炭素を放出する指標である「動脈血の二酸化炭素分圧」も目安となります。42mmHgまでが正常とされるデータですが、ALS患者さんの胃瘻造設時の二酸化炭素分圧をみたところ、38mmHgであればその後の病状が良いのに対して、40mmHgではその後の病状が悪いという結果が報告されており3)、二酸化炭素分圧が上昇する前の時期での造設を勧めています。
胃瘻造設時の安全面や今後の栄養管理などを視野に入れて、早い段階から主治医とともに最適なタイミングを検討しておくことが重要です。
*3:NPPVを開始する目安は、%FVC(予測努力性肺活量に対する割合:percent-predicted Forced Vital Capacity)が50%以上で呼吸機能に障害があらわれる前です。
2) 筋萎縮性側索硬化症の包括的呼吸ケア指針—呼吸理学療法と非侵襲陽圧換気療法(NPPV):http//www.nanbyou.or.jp/pdf/2008als.pdf
3) Bokuda K et al. Muscle Nerve 54: 277, 2016
呼吸機能の障害が進行し、患者さんの同意が得られたときは気管切開が行われます。前述のように、その直後は呼吸をしようとする反応が残るため、病中期と同じ程度のカロリー摂取が必要です。
しかし、気管切開し、人工呼吸器を装着して1、2年が経つと呼吸にかかるエネルギーが少なくなり、また全身の筋肉がやせて、基礎代謝が減ります。そのため、摂取カロリーが過剰にならないように、必要カロリーの設定を見直す必要があります。
人工呼吸器装着後、手足を少し動かせる患者さんに必要なカロリーは1日1,000kcal、手足が動かせなくなった患者さんは900kcal、眼球も動かせない完全閉じ込め状態の患者さんは800kcalと報告されています4)(600~700kcalという報告もあります5))。
4)Shimizu T et al. 臨床神経 31: 255, 1991
5)Ichihara N et al. Amyotroph Lateral Scler 13: 544, 2012
必要カロリーを超えた栄養摂取を続けると、当然、肥満になっていきます。やせてしまった患者さんが、ふっくらしてくるのはよいことのように思えますが、肺炎などの感染症をきっかけに、血糖値が異常に高くなる高浸透圧性高血糖発作が起きるリスクが生じます。
通常であれば高血糖による体調の変化には気が付きやすいのですが、ALS患者さんは体調の変化を訴えることが難しくなるため、ご家族など周囲の方が体重増加に注意する必要があります。病初期と同様に、上腕の太さを測ったり、皮下脂肪をつまんでみたりして体重の変化を把握することが大切です。受診時には血糖値の検査を受け、ご家庭でも尿検査薬や尿糖計を用いて調べるとよいでしょう。
おわりに
ALSという疾患において、栄養管理は胃瘻造設も含め、中心的な治療です。患者さん本人の努力はもちろん、ご家族の役割も重要になります。ALS患者さんを支える医療チームには栄養士がいます。プロの知恵をうまく活用して栄養管理に取り組んでください。
(2016.06取材)
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